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バックギャモンとは

バックギャモンは「西洋双六」、「盤双六」等といわれるボードゲームです。
ボードゲームの中では世界で最も遊戯人口が多く、その数は約3億人といわれています。
最近、日本ではパソコンのゲームソフトや入門ビデオが発売されるなど、
新たなブームが起こりつつあります。

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■ バックギャモンのルール

■ JBL公式トーナメントルール

世界の歴史

盤上遊技では最も古い型のレースゲームで、ダイスの目に従って駒を進め、どちらが先に早くゴールにたどり着くかを競うものです。その起源は、古代メソポタミヤとも古代エジプトとも言われています。
古代エジプトでは「セネト」と呼ばれ、ピラミッドの壁画や王族の副葬品にも見かけることができます。このセネトが古代ギリシャに伝えられ、さらにはローマへと受け継がれていく中で現在のバックギャモンのルールの原型が確立されいったと考えられています。このゲームは東方にも伝わり、Nard(ナード)と呼ばれ、アジア大陸全域に広まりました。日本には中国を通じて6世紀には伝来したと考えられています。
1743年にE・ホイルが遊戯法を整理し、ヨーロッパで再び流行するようになりました。Backgammon という名前の由来はウェールズ語の 小さいを意味する「back」と 戦いを意味する「gammon」に由来するという説と、サクソン語の 後ろを意味する「bac」とゲームを意味する「gamen」に由来するという説の二つの説が有力です。
近代においては、1920年代にアメリカで”ダブリング”が考案され、ゲームとしての深みを増しました。こうして、現在のバックギャモンのルールが確立され、世界中で広く親しまれています。

日本での歴史

 わが国においては、古くは、「日本書記」に最初の記録があります。「十二月己酉朔丙辰。禁断雙六」(持統天皇の条)禁令を出さなければならないほど人気があり、広く流行していたことがうかがわれます。また万葉集にも「一二の目のみにあらず五六三四さへあり雙六の采」と詠まれています。

   木画紫檀雙六局(正倉院宝物)

正倉院には聖武天皇のご愛用品として伝わる5面の雙六盤が現在も大切に保存されています。飛鳥時代に伝わった双六は江戸時代中期まで庶民から上流階級まで幅広く人気を集め、数多くの文学作品にも登場しています。

『蜻蛉日記』
「すぐろくうたんといへば、よかなり、ものみつぐのひにとて、女うちぬ」

『枕草子』
「つれづれなるもの・・・(中略)・・・馬おりぬ雙六」 「清げなる男の雙六を日一日うちて、なほあかぬにや、みじかき燈台に灯をともして、いとあかうかかげて、かたきの賽をせめこひて、とみにも入れねば、筒を盤の上にたてて待つに、・・・」

『大鏡』
「ひさしく雙六つかまつらで、いとさうざうしきにけふあそばせ」 「雙六の坪をめして」

『徒然草』
「雙六の上手といひし人にその手立てを問ひ侍りしかば、勝たんとうつべからず負じとうつべきなりいづれの手が疾く負ぬべきと案じてその手を使はずして一目なりともおそく負くべき手につくべしといふ」

大変に流行し、日本人に親しまれてきた双六ですが、江戸時代後期には衰退してしまいます。その原因については 確かなことはわかっていません。こうして今日では単に双六と言えば、普通はお正月の風物詩として残る絵双六を意味するようになりました。日本では衰退してしまった双六ですが、ダブリングのルールなどを付加されたバックギャモンとして再輸入され、知的でお洒落でスリリングなゲームとして認知されつつあり、再び広く人気を集めはじめています。